「うさぎ」


夢の中で、名前を知らない女の子と出会った。

私は1人、真っ白な世界の中を漂っていた。
ふわふわ浮かんでいた、と思う。
やがて左側に壁ができて、まるでらせん階段を上がるように回っていった。
先が見えない。
そんな中で、私は1人の女の子に出会った。

本当は、出会うはずがなかった。
だってここは真っ白な世界。
私の視界にはどんな色も入ってこなかったのだから。

女の子は私の前にふっと現れた。
「だれ?」
漂う私を見てそう尋ねてきた、と思う。
「誰?」
私も目の前の女の子に尋ねた。
ふわふわ浮かぶ私と、私を見上げる女の子。
地面なんて見当たらないのに、きちんと立っている。
「私は和葉。あなたは?」
尋ねる私に、女の子は首を傾げた。
「知らない」
「名前、忘れちゃったの?」
「ううん、知らない」
会話が止まる。
私は女の子を見つめた。
なぜだか、白うさぎのようだな、と思った。
「じゃあ、うさぎにしよう。うさぎのうさちゃん、ね?」
女の子は言葉の代わりに頷いた。

真っ白な世界を一緒に進んでゆく。
うさぎはふわふわ浮かぶことができなかった。
私はそこに地面を見つけて立てなかった。
だから私たちは指先だけつないで進んでゆく。

不意に周りが陽炎のようにゆがんだ。
うさぎが立っていた地面がなくなって、
吸い込まれるように深く深く落ちていった。
私も、うさぎも。

その終着点には地面があった。
私はそこで初めてうさぎと向かい合った。
背の高い私と、背の低いうさぎ。
大人の私と、子どものうさぎ。
私はしゃがんでうさぎと同じ目線に合わせた。

「あなたが誰だか、私、分かった気がする」

かずは・・・和葉・・・。
遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。
うん・・・聞こえてるよ・・・。
答えようとしたけれど、声は出なかった。
目を開けようとしたけれど、開けられなかった。
ううん、開けたくなかったのかもしれない。

「もう、いっちゃうの?」
つながれた手の先にうさぎがいる。
この子は"いっちゃう"のが自分だと分かってないようだった。
私はうさぎを抱きしめた。
「ごめんね、守ってあげられなくて」
あなたを1人で逝かせることになってしまって。
でも、それは誰のせいでもなかったの。
「また、会えるよ・・・きっとね」
そして手を離した。
枷になっていたものがなくなって、私の身体が浮かび上がる。
意識がだんだん薄らいでいった。

そう、私はこれから先も生きていく。

「身体の調子はどう?」
「まだ頭がぼうっとするけど・・・大丈夫」
「手術は大事なく終わったって」
「・・・そう」
「子ども・・・残念だったね」
仕方ないよ、と呟いた。
誰のせいでもなかったんだもの。
それに・・・きっとまた会えるから。
その時を楽しみにしてるね・・・。

(完)


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