「七夕」


「観鈴、体の具合はどないや?」
「うん。今日は比較的痛みは少ないかもしれない。」
観鈴は、ベッドの中から弱々しく母親を見つめながらそう言った。
「そうか、ほなゆっくりと休んどき。」
「うん。ありがとう。」

母親が出ていってしまった部屋は、とても静かだった。
観鈴は、母親が出ていった後、そらに話しかけていた。
「私も空を飛びたいなぁ。
 そらと一緒にどこか遠くに飛んでいきたい。」
そらは、ただ黙って観鈴の顔を見ていた。
「ずっと高く飛んでいったら、あの人にまた会えるのかなぁ。」
「カァー!」
「ふふっ。ありがと。」
観鈴は、一生懸命答えてくれようとするそらを見て、ほほえんだ。
そらが、観鈴の枕元でジッと観鈴を見つめていると
観鈴がそらに聞いてきた。
「ねぇ。そらが私の探している人なのかなぁ?」
そらは、何も答えなかった。
そんなそらを見て、観鈴は寂しく笑いながらこう言った。
「ねぇ、今日は何の日だか知ってる?」
そらが「?」を顔に浮かべながら、首を傾げて観鈴を見ていると、観鈴はしゃべり出した。
「今日は、七夕なの。」
そして、観鈴は窓の外を見ながら続けた。
「何か願い事をしておくと、七夕の夜にお星様がその願い事を叶えてくれるの。」
観鈴は、ゆっくりと視線をそらに移すとこう言った。
「私の願い事は、もう決まってるんだ。でも、今はまだ内緒だよ。」
観鈴は、にははと笑って、そのまま眠りに落ちていった。

その日の夜中、そらはなかなか眠れずにいた。
体がとても熱く、とても痛かった。
必死に痛みと戦っていると、突然そらの体が輝きを放ち始めた。
そして、次の瞬間、そらの姿は消え失せていた。
その代わり、そこには観鈴の探し求めていたあの人が立っていた…。

「何で俺はまたここに戻ってこれたんだ?」
俺は訳も分からず、暫くボーっとしていた。
横を見てみると、そこにはベッドの上で安らかな寝息を立てている観鈴の姿あった。
「み・観鈴。」
俺は恐る恐る観鈴に話しかけた。
夢なら覚めないでくれと願いながら、そっと話しかけた。
「観鈴、俺だよ。帰ってきたんだよ。」
そっと体を揺らすと、観鈴はやっと目を覚ました。
暫く、ボーっと俺を見つめていたが、やがて状況を把握できたらしく目に沢山の涙を浮かべていた。
「がお…。」
観鈴は、そう一言発していた。
ぽかっ。
俺は何故か反射的に観鈴の頭を殴っていた。
「う〜、せっかく感動の再会だったのに、なんで殴られなきゃいけないのかなぁ。」
観鈴は、目に涙を浮かべたまま、でも満面の笑顔でそう聞いてきた。
「観鈴が未だに変な口癖を使ってるのが悪いんだぞ。」
すると、観鈴はジッと俺を見つめてゆっくりとしゃべり出した。
「私の願い事、かなちゃった。」
「願い事って、七夕のか?」
「うん。私の願い事はね、またあなたに会いたいってことだったの。」
「そうだろうとは思ってたけど、まさか本当に叶うとはなぁ。」
そういって俺が苦笑いしていると観鈴が笑いながら聞いてきた。
「やっぱり、そらはあなただったんだ。」
「あぁ。俺はずっと観鈴のそばにいたんだ。」

「そらは、今でも空を飛べるの?」
観鈴は急にそんなことを聞いてきた。
「はぁ?あのなぁ、俺はもうそらじゃない。俺は俺だ。」
「うん。そらだけど、おたまじゃくしさん。」
「観鈴、もしかして俺の名前、忘れたのか?」
「ううん、覚えてるよ。」
「じゃあ言ってみろよ。」
「う〜ん、たぶちさん。」
ぽかっ。
「がお…。」
観鈴は痛そうに頭を押さえた。
ぽかっ。
「痛いなぁ。なんで二発もたたかれなきゃいけないかなぁ。」

俺は、観鈴との何気ないこのやりとりがいつまでも続いたらと願った。
今なら観鈴と二人で飛び出せるかも…。
ふと、そんな考えが俺の頭をよぎった。
「なぁ観鈴、ちょっと立てるか?」
「うん。今、何だか体の痛みがないの。」
「そっか。じゃちょっと堤防に行ってみないか?」
「うん。行く…。」

そして、俺たちは再び堤防にたつことができた。
空には数多の星達が輝いていた。
「天の川、きれいだね。」
観鈴がそっとつぶやいた。
「あぁ。」
そして、しばらく二人で静かに星を眺めていた。

しばらくして、俺は観鈴に聞いてみた。
「なぁ。一緒に天の川まで行ってみないか?」
「へ?どうやて?」
「俺と一緒に飛んで。」
「…うん。」
観鈴も何か普段と違う空気を感じていたのだろう。
(今なら、飛べる)
俺も観鈴も、何故か強くそう感じていた。

そして、二人は手を取り合うと、ゆっくりと星空めがけて浮き上がった。
ゆっくりと、ゆっくりと、二人は空へとあがっていった…。


次の日の朝、神尾家では観鈴の葬儀が行われていた。
その顔には、満面の笑みがたたえられていた。
そして、横では、幸せそうな顔をしたカラスが倒れていた。
一人と一匹は、まるで恋人であるかのような姿だった。
その理由を知っているのは観鈴と俺だけだった…。

END



〜あとがき〜

今回は、「Air」の二次小説にチャレンジしました。
はじめは書きたいことが沢山あって、すごく迷いましたが、何とか形にすることができました。
これは、もしも観鈴が七夕まで生き延びてくれたら、こんな願い事をするんじゃないかなぁと思って書きました。
後、ちょうど時期的にもよかったので、この案を採用することにしました。
視点が、第三者になったり、主人公になったりと、一人称と二人称がいりみだれて少し分かりづらい面もあると思いますが、そこは大目に見てくだされば嬉しいです。
(−サニアさんのコメントより−)